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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)11号 判決

原告 株式会社双電社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和二十九年抗告審判第九四一号について昭和三十二年一月十四日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和二十七年八月二十六日特許庁に対して、電車線振止金具についての実用新案登録願をしたところ(昭和二十七年実用新案登録願第二二六一一号)、昭和二十九年四月七日拒絶査定を受けたので、同年五月七日これを不服として抗告審判を請求し、同年抗告審判第九四一号として審理された結果、昭和三十二年一月十四日、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決があり、その審決の謄本は同月三十一日原告に送達された。

二、右審決の要旨は、本件出願実用新案の電車線振止金具は原査定引用の昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報所載の振止金具の一実施形態に帰するのみならず、その相違点のように見える設計上の細部的限定点には考案を認めることができないから、両者は類似の域を脱せず、したがつて本件出願実用新案は実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条の登録要件を具備しない、というのである。しかし、この審決は、本件出願考案と引用の実用新案公報所載のそれとを同数の構成部分に分解して、その各部分について誤れる比較判断を下した上、全体として両者を類似するものと判断した点、並びに実用新案の類否を判断するに当つて単に両者の構造を比較しただけでその構造の相違に基因する作用及び効果の類否に触れなかつた点において、違法である。

三、審決が、本件実用新案登録願の考案の要旨を、

(A)  綱管の先端部を内方に彎曲して球支承縁(2)を形成し

(B)  基端部を平板状に押潰して張線取着片(3)とした

(X) 自由接手基部(1)と

(Y) 電車線把握部(6)と

(C)  自在接手基部(1)内に支承せられる球(5)を基端に形成し

(D)  先端部に雄螺糸を刻設して電車線把握部(6)の螺孔(8)に螺合した

(Z) 連杆部(4)と

から成る電車線振止金具の構造にあるものと認めたことは正しい。しかし、審決は、その容易に実施し得を程度において記載されているとして引用した昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報所載の電車線振止金具の構造を、

(A)′ 先端部に球支承部を形成し

(B)′ 基端部を取着片とした

(X)′ 自由接手基部と

(Y)′ 電車線把握部と

(C)′ 自在接手基部内に支承せられる球を基端に形成し

(D)′ 先端部に電車線把握部を接着した

(Z)′ 連杆部と

から成るものと認定しているが、この中(A)′、(B)′、(X)′は図面に示された具体的構造に従つて、

(A)′ 二箇の締付ボールトで合着せられた二箇の椀状片から成る球支承部(3)及び

(B)′ 叉状の取着片(2)を連結ボールトで揺動自在に連結した

(X)′ 自由接手基部と

書き改めるのを至当とする。何とならば、審決のように荒づかみに認定したのでは、両者の具体的構造を比較するのに困難であり、本件出願の改良の点を検討することができないからである。かつ審決ではこれら引用例の具体的構造について全然触れるところがなかつたのである。

四、審決は、引用の振止金具の構造を前記のように認定した上、本件出願の電車線振止金具の部品(X)は引用のそれの部品(X)′に単なる設計上の細部的限定を加えたものに過ぎず、前者の(Y)は後者の(Y)′と均等であり、又前者の(Z)は後者の(Z)′に単なる設計上の細部的限定を加えたものに過ぎない、そして両者の相違点のように見える設計上の細部的限定点には考案を認めることができないから、結局両者は類似するものである、と判断した。本件出願の電車線振止金具と審決引用の公報所載のそれとを比較して、前者の(Y)、(C)、(D)、(Z)が後者の(Y)′、(C)′、(D)′、(Z)′に相当し、構造類似することは、審決のいう通りである。しかし、前者の(X)すなわち自由接手基部(1)は、(A)一本の短い鋼管の先端部を内方に彎曲して、球(5)の支承縁(2)を形成し、更に(B)基端部を平板状に押潰して張線取着片(3)としたもので、先端部及び基端部に変形を与えた一本の鋼管から成るものである。これに反して、後者の(X)すなわち自由接手基部は、前記のように書き改められた構造によつて論述すれば、(A)″二箇の締付ボールトで合着された二箇の椀状片から成る球支承部(3)及び(B)″叉状の取着片(2)を連結ボールトで揺動自在に連結したもので、別箇に製作された数箇の部品をボールトによつて結合して一箇の部品としたものであり、各部品の製作が容易でないばかりか、このようにボールトによつて組み立てられた部品は、振動等によつて弛緩を生じ、長期の使用に堪えない欠点がある。したがつて、両者は全くその構造を異にするものであるばかりでなく、前者の部品(X)は、構成部品(部分)の数及び加工工程数が著しく少なく、使用材料も廉価に得られ、結局製造原価を低下することができ、かつ堅牢である等、顕著な効果がある。この部品(X)の構造こそは、実に本願考案の主要部分であり、その他の部分、すなわち引用の実用新案との一致点は、従来の電車線振止金員のほとんどすべてに実施されている公知構造のものであり、本件出願実用新案としては、付随部分であるに過ぎない。

五、審決は、自在接手用球の球支承部を形成するのにパイプの先端部を内方に彎曲したりパイプを取着するのにその端部を平板状に押潰して構造簡単にして操作容易にすることは従来より極めて周知の工作手段であつて(参考のため例示すれば、前者は昭和五年実用新案出願公告第一六〇二一号公報、後者は自転車のフロントホーク、バツクホーク、バツクステー等の先端車軸取着部分)、同様の目的のために前記のようにすることは当業者が必要に応じ容易に選択採用し得るところであつて、単なる設計上の細部的限定にすぎず、この点に考案を認めることはできない、と説示しているけれども、右説示中に例示された昭和五年実用新案出願公告第一六〇二一号公報は電車線振止金具とは物品を異にする照明灯支持装置に関するものであるのみならず、該装置の部品たる筒(5)は単に先端部を内方に彎曲して球(6)の支持縁を形成しているけれども基端部には何らの工作を施していない。すなわち、本願の部品(X)を構成する二つの要素(A)(B)の中の(A)を具備するけれども、(B)すなわち基端部を平板状に押潰して張線取着片(3)とした要素を具備しない。更に右説示中に例示された自転車のフロントホーク、バツクホーク、バツクステーの先端車軸取着部分は本願の部品(X)を構成する二要素(A)(B)の中(B)を具備するが、他の一要素たる(A)すなわち先端部を内方に彎曲して球支承縁(2)を形成した構造を具備しない。いずれも、本件出願実用新案とは構造を異にするのである。

およそ、今日までに登録された大多数の実用新案は、これを細部に分割して検討すれば、その各部分は何らかの公知物品の構成部分と同一又は類似である。したがつて、これら登録実用新案は、公知の形状又は構造の集成であるに過ぎない。しかし、これらの実用新案が新規考案として登録されたゆえんは、二箇以上の公知の形状又は構造の新規な組合わせにかゝる工業的考案を包含するもの、すなわち公知の形状又は構造の各箇が元来具有する作用及び効果以外に、新規な作用及び効果があるものと認定された結果である。したがつて、実用新案の類否を判断するには、単に両者の構造を比較するに止まらず、構造上の相異に基因する両者の作用及び効果の類否をも検討すべきであることは、学説及び判例の一致するところである。

第二、答弁

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の実用新案登録出願からその拒絶査定、抗告審判請求、その審決書謄本送達にいたるまでの経過並びに審決の要旨が原告の主張の通りであることは認めるが、右審決が誤つているとの原告主張はこれを争う。

審決の説示したごとき実用新案の各部品についての比較判断は、全体の類否判断をする上において、有益ではあつても、何ら害のあるものではなく、しかもその判断は正当なものである。また原告は実用新案の類否を判断するには構造上の相異に基因する作用及び効果の類否をも検討すべきであると主張しているが、この点は審決中に詳細に尽されているところである。

二、本願昭和二十七年実用新案登録願第二二六一一号の考案要旨が原告主張通りであることは認めるが、審決の理由中において、容易に実施し得る程度において記載されているとして引用された、昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報に示された電車線振止金具の構造に関する原告の主張のうち(X)′(Y)′(C)′(D)′(Z)′は審決と一致するが、(A)″(B)″は審決の認定した(A)′(B)′と全然相違しており、しかも何故に原告主張のごとく書き改められなければならないかが、必ずしも明らかにされていない。

審決の理由に引用した昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報に示された電車線振止金具の構造から選択認定した部分は、前記公報中に記載されていること明白であつて、このような構造を(図面及び説明書自体でなく)引用して、これを根拠として判断した審決の内容は、当を得たものである。

三、原告は、審決に引用した公知構造を誤解して、審決が公報自体を引用したものと考え、その内容を勝手に解釈したものであるから、これに基いてなされた主張は、すべて理由がない。

第三、証拠(省略)

理由

一、原告が昭和二十八年八月二十六日特許庁に対して、電車線振止金具についての実用新案登録願をしたところ(昭和二十七年実用新案登録願第二二六一一号)、原告主張のとおりに、拒絶査定を受け、原告はこれを不服として抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第九四一号)、昭和三十二年一月十四日、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決がされ、同月三十一日その謄本が原告に送達されたこと、及びその審決の要旨が原告主張通りのものであることについては、当事者間に争いがない。

二、本件昭和二十七年実用新案登録願第二二六一一号の考案要旨が、鋼管の先端縁部を内方に彎曲して球支承縁(2)を形成し、基端部を平板状に押潰して張線取着片とした自由接手基部(1)(X)と、電車線把握部(6)(Y)と、自由接手基部(1)内に支承される球(5)を基端に形成し、先端部に雄螺糸を刻接して電車線把握部(6)の螺孔(8)に螺合した連杆部(4)(Z)とから成る電車線振止金具の構造にあることは、当事者間に争いがなく、それが、かように自由接手によつて電車線の電車の通過によつて生ずる上下動及びその張力調整に伴う前後移動を妨げないようにし、かつ構成部分の数及び加工工程数を少なくし、使用材料も廉価に得られるから、結局製造原価を低下させることができ、しかも堅牢なものを得られるようにする点を目的とするものであることは、成立に争いのない甲第一号証の二(本願説明書及び図面)によつて明らかである。

そして、審決が、後記電車線振止金具の構造が容易に実施し得る程度において記載されているとして引用した、昭和四年実用新案出願公告第一三三三二公報に示された電車線振止装置は、電車線とその上部に架した固定鉄枠とを連結して球頭自由接手で電車線の衝動を緩和させたもので、鉄枠に二股になつた叉状取着金具を固定し、その基部に取付ボールトを挿入してこれを二つ割した球支承部(この組立が螺釘によることは明示されていない。)の基部に取り付け、この球支承部に支承される球を基端に設け先端を電車線把握部の上端に螺子によつて取り付け、かつ基端に近く絶縁用碍子を介在させた連結部を有する構造にあることは、成立に争いのない甲第三号証(右公報)によつて明らかであり、また審決理由中に鋼管の一端を内方に彎曲して球支承部を形成することが本件出願前極めて周知な工作手段であることの一例として挙示された昭和五年実用新案出願公告第一六〇二一号公報には、短い金属製筒の下部に金属製でボールの頭部を切り去つたような駒を入れ、その端縁を内方に前記駒に合せて彎曲し、右金属製筒と駒に挿入固定した管との間に自由接手の作用をさせた連結部を設けて、照明灯を動揺自在にした海水照明灯支持装置が記載されてあることは、成立に争いのない甲第四号証(右公報)によつて、これを認めることができる。

三、そこで、本件出願実用新案考案要旨の新規性の有無を検討するに、右実用新案の考案要旨とするところと審決引用の昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報の記載事項とを比較すれば、両者は、先端部に球支承部を形成し基端部を取着片とした自由接手の基部と、電車線把握部と、自由接手基部内に支承される球を基端に形成し先端を前記電車線把握部の上部に螺子によつて取り付けた連結部とから成る電車線振止金具である点では全く一致し(そのことについては当事者間に争いがない。)、たゞ、前者は更に具体的構造を限定して、その自由接手基部として鋼管を利用し、先端部に球支承部を形成するためその端縁を内方に彎曲し、またその基端部を取着片とするためこれを平板状に押潰したものであるが、自由接手の球支承部を形成するため鋼管を利用してその端縁を内方に彎曲することは、前記昭和五年実用新案出願公告第一六〇二一号公報所載海水照明灯支持装置において見られるように、極めて普通の工作手段であり、また、鋼管の端部を取着片とするためにこれを平板状に押潰すことは、例えば自転車フレーム用鋼管の車軸への取着端部に見るように、これ亦極めて普通の工作手段であること、当裁判所に顕著なところである。これらの構造は、これらを合せて本件出願実用新案に利用されたために特に新規の作用及び効果を奏するものではなく、それらの従来具えた作用及び効果そのまゝを発揮するに過ぎないから、これらをともに利用した点で特に新規な考案を構成するものではなく、結局本件実用新案は、出願前国内に頒布された刊行物である昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報に、容易に実施できる程度に記載された電車線振止装置と類似するものと認めざるを得ない。したがつて、本願は実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条所定の登録要件を具備しないものというべきである。

四、原告は、審決がその引用した昭和四年実用新案出願公告第一三三三二号公報の電車線振止装置の構造を、原告主張の(A)′(B)′(X)′(Y)′(C)′(D)′(Z)′にあるものと認定したことを不当とし、そのうち(A)′(B)′は原告主張の(A)″(B)″と書き改めらるべきものと主張するが、審決は前記公報の全部を引用したものではなく、その必要な部分のみを抜粋して引用したものであり、かくその必要部分のみを抜粋引用して認定の資料とすることも必ずしも違法ということはできず、かつ審決の引用したごとき事項が右公報中の内容として存在すると認め得ることは、前示甲第三号証に徴して明らかであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

次に原告は本件考案の具備する二要素につき、審決が従来極めて周知の工作手段であるとして例示したものは、いずれも本件電車線振止金具とは種類を異にする物品に関するものであり、しかも右二要素を各別に具備するものであるから、本件出願実用新案の部品とは構造を異にすると主張するが、審決のいうところは構造の類否ではなく、周知の工作手段を同様の目的で本件の物品に応用することは、当業者が必要に応じて容易に選択採用し得るところであつて、この点に考案力を認めないというのであり、右説示の相当であることは前段認定のとおりであるので、この点に関する原告の主張も亦理由がない。

原告はまた本件実用新案が引用公報所載のものと比較して、部品数を少なくした点をその効果として主張しているが、前段説示のごとく審決は公報所載の構造全体を引用したものでないばかりでなく、両者は取付場所が異なる上、後者は絶縁碍子(前者ではこれを欠いているが、少なくとも張線中にこれを設ける必要があると考えられる。)を連結部中に介在させたものであるから、この両者の部品数を比較すること自体無意味である。また、寄せ集めて組み立てられた部品でも、必ずしもボールト締で振動による弛緩のおそれのあるものばかりではなく、前示甲第三号証の公報の図面によれば、その球支承部の椀状片の組立にはナツトを図示せず、鋲着したのではないかと見られ、もし鋲着したものとすれば、弛緩のおそれはそれ程でもないわけである。なお、功工工程数の多少の点については、一組だけを作るのではなく、相当多数を製作する場合を考えれば、前者のように一つ宛鋼管を切つて、鍛工の手で彎曲し、かつ押潰すよりも、後者のように一つの木型によつて多数を鋳造するほうが、かえつて容易且つ安価である場合もあり得べきであるから、この点に関する原告の主張も亦必ずしも当れるものと言いがたい。

五、これを要するに、本件出願実用新案は、本件出願前特許局刊行の引用の実用新案公報所載のものに類似し、実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条所定の登録要件を具備しないものであり、これと同趣旨で原告の抗告審判請求を排斥した審決は相当である。したがつて、右審決を違法のものであると主張して、その取消を求める原告の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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